初日の出の意味やご来光との違いって?
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「一年の計は元旦にあり」ということで、お正月の朝に初日の出を見に行く方も多いかと思います。
中には、新年早々、富士山に登ってまで初日の出を見に行くという方も・・・
でも、よくよく考えてみると初日の出について知らないことも多いですよね。
というワケで、気になってしまったあなたのために、初日の出の意味や由来、初日の出とご来光との違いについて調べてきました。
これを知っていれば、年末年始のトークで周りの人に話す時にちょっとドヤ顔できるかもしれませんよ^^
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もくじ
初日の出を元旦に拝む意味や由来って?
「初日の出を拝む」は「神様をお迎えする」という意味だった!
日本では古来から「初日の出と共に神様が降臨される」と信じられてきたと言います。
その神様というのは、五穀豊穣をもたらしてくれると言われる穀物や農耕の神様である「歳神様・年神様(としがみさま)」。
つまり初日の出には、
「歳神様を拝んで、その年の豊作や健康、幸運などを祈る」 |
という意味があったのです。
農耕民が多かった日本では農作物が十分に収穫できるかどうかが死活問題だったので、農耕の神様へのお祈りはとても重要な行事だったと考えられます。
しかし、初日の出を見に行くという風習ができたのは明治時代以降ということです。
それまでは、家族そろって家の中で初日の出を待ち、歳神様をお迎えするのが一般的だったようです。
江戸時代の国学者である本居宣長は、年神様について「歳とは登志のことで、登志とは穀物のことである」と説明していたようです。
「歳」というのは、1年2年の「年」を表したものではなく「穀物」を表したものだったようですね。
また、「年」という漢字には「稔(穀物が稔る)」という意味があったという説もあるようです。
いずれにしても、歳神様は農耕の神様として古来より崇められていた神様だったんですね。
初日の出を見に行く習慣の由来って?意外に新しい習慣ってホント?
じつは、「初日の出を見に行って拝む」という習慣が広まったのは明治時代以降だそうです。
元日の早朝に天皇が行われている「四方拝(しほうはい)」という儀式が庶民の間にも広まって、習慣として広く浸透していったと言われています。
それ以前は「初日の出を家の中で待って歳神様を拝むもの」、明治以降は「初日の出を見に行って拝むもの」。
交通網の発達や移動の利便性が上がったことも影響してそうですね。
「四方拝」とは、元日の早朝、宮中で天皇が天地四方の神祇(じんぎ、天の神や地の神などのこと)を拝む儀式のことです。
国民や国家の安寧や繁栄を祈るために行われる宮中祭祀(きゅうちゅうさいし)と呼ばれるものの一つです。
(詳しくはコチラ→Wikipedia「四方拝」のページ)
「初日の出」と「ご来光」ってどう違うの?
「初日の出」と「ご来光」は同じものと考えられていることも多いようですが、実は違いがあるのです。
初日の出は文字通り「その年の最初の日の出」ですが、ご来光は「山の上から見える日の出」のこと。
つまり、初日の出は1年に1回しか見ることができないもの、ご来光は山に登れば何回も見ることができるものという違いがあるのです。
富士山のような高い山であればあるほど、早く日の出を拝むことができてご利益があると考えられているので、ご来光はお正月に限らず縁起が良いものとされています。
富士山の頂上などでご来光を背にすると、足元に広がる雲の海や前面の霧に自分の影が映り、その周りに光の輪が見えることがあります。
それが光の輪を背負った仏像のように見えるということで縁起が良いとも言われています。
その姿は「ご来迎(ごらいごう)」と呼ばれていますが、これが「ご来光」に変化していったのでは、という説もあるようです。
※ちなみに「初日の出」は新年の季語ですが、「ご来光」は夏の季語だそうです。
まとめ
意外に知らなかった初日の出の意味や由来、ご来光との違いなどなど。
「初日の出を見に行くという習慣は明治以降にできたもの」ということも意外でビックリしました。
農耕民が多かった時代からの五穀豊穣への祈りに古来からの山岳信仰なども重なっていって、今の初日の出の習慣になっていったんですね。
今は農業を生業としている人の方が少ないと思いますが、初日の出の時には昔の人の信仰や祈りに思いをはせてみたり、今の自分の仕事の発展を祈ったりしてみてはいかがでしょうか?
思い切って富士山に登ってみるのもイイかも^^
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